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京都地方裁判所 平成9年(行ウ)18号 判決

主文

一  別紙当事者目録原告番号二、四を除くその余の原告らの訴えをいずれも却下する。

二  別紙当事者目録原告番号二、四の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告ら

1  主位的

被告京都市長が株式会社せんだんに対し、平成八年四月四日付けでした建築基準法四二条一項三号の道路(京都市α二番地の二四、宅地二〇二八・二九平方メートルのうち別紙住宅地図の赤線で囲まれた部分。以下「本件道路」という。)の廃止処分(以下「本件道路廃止処分」という。)が無効であることを確認する。

2  予備的

被告京都市長が株式会社せんだんに対し、平成八年四月四日付けでした本件道路廃止処分を取り消す。

二  原告A

被告京都市建築主事が原告Aに対し、平成八年五月二八日付けでした建築基準法六条四項の規定による建築基準関係規定に適合しない旨の処分(以下「本件不適合処分」という。)を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、本件道路を利用してきた原告らが、本件道路の廃止処分をした被告京都市長に対し、主位的には右廃止処分の無効確認を、予備的にはその取消しを求める事案と、原告Aが、被告京都市建築主事に対し、建築確認申請にかかる土地は右道路廃止処分により接道義務を満たさないとしてした本件不適合処分の取消しを求める事案である。

二  争いのない事実等

争いのない事実又は証拠により認定することができる事実は次のとおりであり、〔 〕内は認定に用いた証拠等である。

1  (当事者)

(1) 原告らは、本件道路付近に居住し、あるいは営業をしている者らであり、その位置関係は別紙原告居住位置図記載のとおりである。

(2) 原告Aは、本件道路に面した別紙A借地図面記載の土地(α二番の二一のうち二三・一八メートル、以下「原告A賃借土地」という。)を賃借している者である。

(3) 原告B、同Cは、別紙原告居住位置図〈4〉の場所において(Cが、土地・建物を所有している。)、株式会社吉澤商店を経営し、セメントの販売業を営む者である。

(4) 被告京都市長は、建築基準法四五条により、私道の廃止を禁止、制限する権限を与えられた特定行政庁である。

(5) 被告京都市建築主事は、建築基準法四条一項により、同法六条一項の規定による確認に関する事務をつかさどるものである。

〔甲三、一一、乙一、原告A本人、弁論の全趣旨〕

2  (本件道路)

(1) 本件道路は、戦前に設けられたもので、幅員が五メートル以上あり、建築基準法が施行された昭和二五年一一月二三日当時、付近住民の通行の用に供されていたものであり、同法四二条一項三号の道路に該当する。

(2) 株式会社せんだんは、昭和四五年一〇月一四日、本件道路を含むα二番の二四の土地(以下「二番の二四の土地」という。)を取得した。

(3) せんだんは、平成元年ころ、本件道路の西側部分に扉を設置して、付近住民の通行ができないようにした。これに対して、付近住民は同会社を相手方に、通行権確認等を求める訴訟を提起したが、平成八年ころ住民らの敗訴が確定した。

(4) なお、せんだんは、本訴提起後の平成九年一一月一九日、平等大慧会に対し、二番の二四の土地を売却した。

〔甲四、三六、原告A本人、弁論の全趣旨〕

3  (本件道路廃止処分)

(1) せんだんは、被告京都市長に対し、平成八年三月一五日付けで、本件道路の廃止申請をした。

(2) これに対し、被告京都市長は、平成八年四月四日付けで本件道路廃止処分をした。

〔乙二、弁論の全趣旨〕

4  (建築確認申請)

(1) 原告Aは、原告Cから、平成二年一月一五日付けで、建物を建築し所有する目的で、原告A賃借土地を借り受ける旨の契約を締結した。

(2) そこで、原告Aは、平成二年二月十三日付けで京都市建築主事に対し、建築確認を申請したが、都合により右確認申請を取り下げた。

(3) 原告Aは、平成八年四月四日付けで、次のとおり、建築確認申請をした。

〈1〉 地名地番 京都市α二番の二一

〈2〉 都市計画区域の内外の別 内

〈3〉 防火地域 準防火

〈4〉 道路 幅員 四・五メートル

敷地と接している部分の長さ 八・一五メートル

〈5〉 敷地面積 五五・三三平方メートル

〈6〉 用途地域 住居

〈7〉 建築面積 二六・七三平方メートル

〈8〉 延べ面積 四六・三〇五平方メートル

〈9〉 工事着手予定年月日 平成八年四月九日

〈10〉 工事完了予定年月日 同年七月一〇日

〔甲一一、一七、原告A本人〕

5  (本件不適合処分)

(1) これに対し、被告京都市建築主事は、同年四月一〇日付けで「期限内に確認できない」旨の通知をした。

(2) そして、被告京都市建築主事は、同年五月二八日付けで、本件不適合処分をし、同月三〇日その通知をした。

〔甲二、弁論の全趣旨〕

6  (審査請求)

原告らは、同月三一日本件道路廃止処分について、原告Aは、同年七月三日本件不適合処分について、建築基準法九四条により、京都市建築審査会に対し、それぞれ審査請求をしたが、同審査会は、併合審理をしたうえ、平成九年三月三一日付けで、別紙当事者目録原告番号二五から三九までの原告らの請求をいずれも却下し、同目録原告番号一から二四までの原告らの請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

〔甲二、弁論の全趣旨〕

三  争点

1  原告らの本件道路廃止処分の無効確認及び取消を求める適格の有無

2  本件道路廃止処分の適法性

3  本件不適合処分の適法性

第三  争点に対する判断

一  争点1(原告適格の有無)について

1  行政事件訴訟法九条、三六条は、無効確認及び取消訴訟の原告適格を規定するが、右各条にいう当該処分の無効確認及び取消を求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の無効確認及び取消訴訟における原告適格を有するものと解すべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。以下、これを前提に原告適格の有無について検討する。

2  原告C及び原告Aについて

本件道路が建築基準法四二条一項三号の道路にあたることは前判示のとおりであるところ、同法四五条一項は、「私道の変更又は廃止によって、その道路に接する敷地が四二条一項の規定又は同条二項の規定に基づく条例の規定に抵触することとなる場合においては、特定行政庁は、その私道の変更又は廃止を禁止し、又は制限することができる。」と規定し、また、同法四三条一項は、「建築物の敷地は、道路に二メートル以上接しなければならない。ただし、その敷地の周囲に広い空地を有する建築物

その他の建築省令で定める基準に適合する建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めて建築審査会の同意を得て許可したものについてはこの限りではない。」と規定している。同法四五条一項は、私道は、当該私道敷について権利を有する者(所有者、賃借権者等)の利益のために私人により築造された道路で、その維持管理も原則として右所有権者らに委されているものであるから、これを変更・廃止することは本来これらの者の自由であるはずであるが、当該私道によって同法四三条一項の接道義務を満たしている第三者の建築物の敷地がある場合には、当該私道の変更・廃止によってその建築物が一方的・事後的に接道義務違反となり除去義務の対象となるため、このような不合理な結果が生じないように、私道の変更・廃止によって、その道路に接する敷地が同法四三条一項の接道義務に抵触することとなる場合には、特定行政庁は、当該私道の変更・廃止を禁止し、又は制限することができるとしたものである。したがって、右規定は、廃止申請のあった私道に沿接する土地の所有者やその賃借人らの右私道利用についての利益を保護すべきものとする趣旨を含むものと解するのが相当である。そして、原告Cは、本件道路に沿接する原告A賃借土地を含む土地を所有するものであり、原告Aは、本件道路にのみ沿接する原告A賃借土地を原告Cから賃借しているものであることは前判示のとおりであるから、右原告両名は、本件道路廃止処分の無効確認及び取消を求める原告適格を有するものというべきである。

3  原告C及び原告Aを除くその余の原告らについて

建築基準法四二条一項三号の道路の利用者は、その維持・管理者である土地所有者らがこれを公共の用に供していることの反射的利益としてこれを利用する自由を享受するものにすぎず、右利用をもって法律上保護された利益ということはできないと解するのが相当であるところ、原告C及び原告Aを除くその余の原告らが本件道路の利用者にすぎないことは前判示のとおりであるから、同原告らについて、本件道路廃止処分の無効確認及び取消を求める原告適格を認めることはできない。

なお、原告C及び原告Aを除くその余の原告らに、本件道路廃止処分によって日常生活に著しい支障が生ずるという特段の事情が存在する場合には、右無効確認及び取消訴訟の原告適格を認める余地は存するが、証拠(甲三、二五、乙一)並びに弁論の全趣旨によれば、原告C及び原告Aを除くその余の原告らは、本件道路以外に利用出来る道路を有しており、本件道路廃止処分によって、日常生活に著しい支障が生ずるものとは認め難いから、この点においても、原告適格があるということはできない。

したがって、原告C及び原告Aを除くその余の原告らは、本件道路廃止処分の無効確認及び取消を求める原告適格を有しないものというべきである。

二  争点2(本件道路廃止処分の適法性)について

1  せんだんが被告京都市長に対し、平成八年三月一五日付けで、本件道路の廃止申請をしたこと、被告京都市長が同年四月四日付けで本件道路廃止処分をしたことは前判示のとおりである。

ところで、建築基準法四五条一項によれば、特定行政庁が私道の廃止を禁止し、又は制限できるのは、同法四三条一項に該当する場合のみであるから、特定行政庁は私道の廃止申請があったときは、同法四三条一項に該当する事由が存しない限り、右申請に基づき道路廃止処分をしなければならないと解するのが相当である。

そして、同法四五条一項が同法四三条一項を援用するのは、当該私道にのみ面している土地に存在する建築物が、私道の廃止処分により、一方的・事後的に接道要件を満たさなくなり違反建築物と化して除却義務の対象となるような事態を避けるためであることは前判示のとおりであるから、同法四五条一項にいう敷地とは、既に建物が存在する土地を意味すると解するのが相当であるところ、本件道路に面した土地上には廃止処分により接道義務を満たさなくなる建物は存在しないから(原告A本人、弁論の全趣旨)、本件道路の廃止処分は適法というべきである。

なお、原告らは、建築基準法四三条一項の敷地は、「建物や施設を建てるための土地」を意味し、「現に建築物の存在する敷地」と狭義に解釈されるべきではないと主張する。しかし、右のような立法趣旨及び原告ら主張のような見解にたつとすれば、道路に面して建物等の建築可能な土地がある限り、当該道路を廃止することができなくなることに鑑みれば、原告らの主張を採用することはできない。

2  次に、その余の原告らの主張について検討する。

(1) 原告らは、本件道路は法定外公物であり、これを廃止するには、道路としての機能を停止しており、且つその道路敷地の所有者の外に利用している者がいないなど、当該道路敷地所有者以外の第三者にとってその必要性がなくなっていることが必要であるところ、本件では右要件を満たしていないから、本件道路廃止処分は無効ないし取り消されるべきであると主張する。

しかし、前判示のとおり、建築基準法四五条一項によれば、特定行政庁は、私道の所有者から道路廃止の申請があった場合には、同法四三条一項の事由が存しない限り、右申請に基づき道路廃止処分をしなければならないと解されるから、右要件のほかに、その主張にかかる要件が必要であるとする根拠は見出し難い。

したがって、右主張は理由がない。

(2) 次に、原告らは、本件道路廃止処分は、本件道路の沿接土地の所有者らの承諾を欠いているから、無効ないし取り消されるべきであると主張する。

しかし、私道の廃止処分に際して、道路の沿接土地の所有者らの承諾を必要とする根拠は存しないから右主張は理由がない。

なお、京都市は、京都市建築基準法施行細則において、私道廃止についての手続を定めているが、その二〇条において、私道の廃止につき、関係権利者の承諾を要するとしているが、右承諾を要する関係権利者は、道路の敷地である土地の所有者及びその土地又はその土地にある建築物若しくは工作物に関し権利を有する者を意味するにすぎないから、右根拠とはならない。

(3) 更に、原告らは、本件道路廃止処分は、原告C所有の土地を含めてなされているところ、同原告の承諾を欠いているから、無効ないし取り消されるべきであると主張する。

しかし、証拠(乙二ないし一五、証人D)並びに弁論の全趣旨によれば、本件道路廃止処分は、せんだんの申請に基づいて、その所有にかかる土地の一部についてなされたものであり、原告C所有の土地を含めてなされたものではないことが認められるから、右主張は理由がない。

(4) 原告らは、本件道路廃止処分は、権限を濫用した違法なものであると主張する。

しかし、特定行政庁である被告京都市長は、私道の所有者から廃止の申請があった場合には、同法四三条一項に該当する事由が存しない限り、右申請に基づき道路の廃止処分をしなければならないことは前判示のとおりである。

また、前記認定の事実に、証拠(乙一六、証人D)並びに弁論の全趣旨を合わせれば、次の事実が認められる。

〈1〉 せんだんは、平成八年三月一五日付けで、被告京都市長に対し、本件道路の廃止申請をした。

原告らは、同日京都市開発指導課(以下「開発指導課」という。)を訪れ、本件道路の廃止の申請書が提出された場合には、これを受理しないよう求める申入書を提出し、同月二七日にも開発指導課を訪れ、趣意書と題する文書を提出した。

〈2〉 原告Aらは、同月二八日開発指導課を訪れ、本件道路の廃止処分をしばらく待って欲しい旨要請したが、D開発指導課長(以下「D課長」という。)は、適法になされた道路廃止の申請に対し、理由もなく処分を遅らせることはできないから、遅くとも同年四月三日には廃止処分を行う旨説明した。

〈3〉 原告らは、同月三日開発指導課を訪れ、本件道路の廃止処分を行わないよう求める旨の要望書を提出した。

これに対し、D課長らは、本件道路は私道であり、建築基準法上の接道義務違反となる敷地が存しないから、廃止処分をせざるを得ないこと、このまま処分を行わずに放置することは違法な不作為となり許されないことを説明した。

その際、原告Aは、これから提出する予定の原告A賃借土地についての建築確認申請書を見せたところ、D課長は、建築確認書を提出しても、本件道路が廃止されれば、確認処分は行われないと回答した。

〈4〉 開発指導課の課員は、同月三日せんだんの代表者を呼んで、付近住民のために本件道路を存続させるように最後の行政指導を行ったが、せんだんの代表者は、本件道路を含む南側土地との一体利用のためには、その廃止が不可欠であるとして、右行政指導に従うことはできない旨回答した。

〈5〉 原告Aは、被告京都市建築主事に対し、同月四日付けで原告A賃借土地についての建築確認申請をした。

被告京都市長は、本件道路の廃止申請について、これ以上行政指導を継続することは許されないと判断して、同月四日付けで本件道路廃止処分をした。

そして、被告京都市長は、同月五日京都市建築基準法施行細則二二条二項に基づき、本件道路廃止処分を告示した。

右認定のような本件道路廃止処分に至る経緯に照らせば、本件道路廃止処分が権限を濫用した違法なものということはできない。

なお、本件道路廃止処分よりも、原告Aによる建築確認申請に対する判断を先行させなければならなかったとする理由は存しないし(右建築確認をなすためには、更に相当の期間を要する。)、右廃止処分によって、結果としてせんだんが利益を得ることとなったとしても、せんだんに右のような利益を得させる目的で右廃止処分がなされたものと認めるに足りる証拠はないから、右のような点を根拠として権限の濫用があったものと認めることもできない。

したがって、右主張は理由がない。

(5) 原告らは、右のほかに、本件処分の無効・取消事由を縷々主張するけれども、いずれも独自の見解によるものであって到底採用することはできない。

三  争点3(本件不適合処分の適法性)について

ここまで説示したとおり、本件道路は平成八年四月四日付けで適法に廃止されたということができる。

そうすると、本件道路廃止処分によって、原告A賃借土地は二メートル以上道路に接しないこととなり、原告Aの建築確認申請は建築基準法四三条一項に反することとなるから、同法六条四項の「申請に係る計画がこれらの規定に適合しないことを認めたとき」に当たるとしてなした本件不適合処分は適法である。

したがって、原告Aの請求は理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告番号二、四を除く原告らの訴えは原告適格を欠き不適法であるからいずれも却下し、原告番号二、四の原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 山本和人 裁判官 西田政博)

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